ものの見え方


  缶、ダイスカットのトマト 2010年3月

美術大学受験のため、来る日も来る日もデッサンを描いていた時期がありました。デッサンは、単に鉛筆や木炭でモノトーンの絵を描くことではなく、目の前にある“モチーフ”とそれを取り巻く“空間”、そしてそれらが位置するところの“平面”を、それぞれの存在と関係性について紙という平面上に解釈を述べてゆく行為かなと思います。それゆえ、まずは観察、観察、観察、それから解釈することが求められ、最終的にタッチや濃淡によって定着されていくのです。

それまでは何気なく見ていた身の回りのもの、例えば缶や布や果物なんかが、デッサンを通じて違ったものに見えてきます。それはものの成り立ちに気付いていくプロセスでしょうか。見えているままを描こうとしただけではデッサンにはなりません。見えていない部分…例えば向う側だとか肉の内側だとかいったことは、感じるしかないことです。また見えないからと言って、勝手な想像をしてでっちあげては嘘になります。ほんとうに難しいところです。

缶を真上から見たら正円、真横から見たら長方形、斜めから見たら楕円になりますね。面白いと思いませんか?

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Author:mesoplodon
子供の頃から「生き物」「乗り物」「化け物」好き。海やら街やらで写真を撮っています。

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